Activity2015年度の活動内容

第二十六次友愛植林訪中団派遣
遼寧省盤錦市、遼寧省錦州市、山西省臨汾市の三カ所で植林活動

〜鳩山由紀夫名誉団長が綴る報告記〜
多くのふれ合いを体験 高温多湿の中国山地で、元気に植林活動を遂行

七月十四日(火)~七月二十一日(火)八日間の日程で、鳩山由紀夫理事長を名誉団長、川手正一郎常務理事を団長とする第二十六次友愛植林訪中団が中国に派遣された。今回は、遼寧省盤錦市第一期、遼寧省錦州市第三期、及び山西省臨汾市第三期の三カ所で植林活動を行った。この事業区はすべて平成二十六年度事業として行われるものであったが、地面の凍結など現地気候事情に加え、中国側と日本友愛協会側の事業の都合から七月に日延べされていた。今年の異常気象的暑さはどこも同じで、真夏の高温多湿の中での植林活動となった。それでも一行は元気に植林活動を遂行し、帰国した。鳩山由紀夫理事長が自ら体験記を執筆、ここに写真と共にご紹介します。

今年も植林活動に参加
  —— 日本友愛協会理事長 鳩山由紀夫

約束を果たしに

昨年に引き続き日中緑化交流基金(小渕基金)による友愛協会の中国植林活動に参加した。
前回、植林で錦州市に伺った折の歓迎会で、酒宴が進むにつれ打ち解けて、「来年もぜひ伺いたい。できれば女房を連れてくる」と、事務局や妻の意向も聞かずに勝手にスピーチしてしまった。ただ、その言葉で場は一層盛り上がり、王明玉書記は喜んでくださったように思う。
そこで、今回は幸も同行することとなり、川手団長の下、常連の福田八州雄氏、川手団長の孫の川手祥右君、高橋佳大君に加えて、新しく東北大の秋山俊樹君も加わり、事務局の羽中田さんと合わせ、総勢八名で第二十六次植林訪中団を結成した。 七月十四日午前九時に羽田空港に集合し、結団式を行い北京に向かった。今回は、継続事業としての錦州市、臨汾市における植林に加え、新しく盤錦市の事業もスタートして、三か所の訪問となった。私は日程の都合上、最初の二か所のみとなり、臨汾は失礼することにした。

遅れた私たちを迎えたのは

錦州と盤錦は同じ遼寧省にあり、北京から省都瀋陽まで飛び、瀋陽からバス移動の日程であった。北京空港では中華全国青年連合会・中国国際青年交流中心の孫俊波主任が待っていてくださった。旧交を温めていざ瀋陽行きの飛行機に乗り込もうとしたとき、ハプニングが起きた。天候の関係とかで、あと二時間飛ばないという。順調に飛んでも瀋陽の歓迎晩餐会が十九時半に予定されている。
えらいこっちゃ。
さらに二時間遅れて到着して瀋陽のみなさんをお待たせするのも失礼だし、年配組も疲れているだろうし、今日は食事抜きかと非常に心配になった。
ところが全くの杞憂であった。
瀋陽友誼賓館に着くなり、遼寧省青年連合会の趙紅巍主席が笑顔で迎えてくださった。
そればかりか、ご当地の特別な料理である珍しい九種類の鍋料理を、回転する大きな円卓に並べてくださっていた。魚介類中心の美味しい鍋料理に、一行はすっかり疲れも取れ、明日からの植林活動のために英気を養うことができたことは言うまでもない。

広い中国を走る、走る

中国は広い。翌日は簡単な朝食を済ませ、七時にバスに乗って出発したが、盤錦に到着したのは十時であった。既に記念植樹式には暑さの中、ボランティアの青年たちが三〇〇人ほど、整列して待っていてくれた。彼らの前で名誉団長として挨拶をした。
私が特に強調したことは、「ここは、かつて日本が満州事変から中国を侵略していったスタートの地域である。そのお詫びの気持ちも含めて、友愛の理念の下で日本が植林活動によって中国のみなさんと協力できることは、大変に大きな意義があると思う。気候変動によって全世界で大きな被害が出ている昨今、地球環境を守るために中国と日本の若者たちが協力して植林活動を行うことは素晴らしい」という趣旨のことであった。

ポプラの成長を願って

実際には、七月は暑すぎて植林の時期ではない。四月辺りが適切な時期であったのだが、さまざまな事情で今日まで延期になっていたのである。したがって、既に植林事業は全青連の協力の下で殆ど行われていたのであった。
私どもが行ったのは、儀式としての僅かばかりの植樹であった。それでも勉強になったことがある。ポプラ(金葉楡)を植えたのだが、海に近い盤錦では、土壌がアルカリ性になっており、そのまま普通に植林しても育たないのだそうだ。そこで、まず酸性の中和剤を入れて、苗をプラスチックのポットのついたまま植え、水をたっぷりと注いだ。地域の土壌によって、植林の仕方がかなり異なることを学ばせてもらった。

盤錦市の景勝地の自然

その後、威厳のある女性、李素芳副書記による盤錦市政府主催の昼食会を済ませて、盤錦市のご自慢、紅海灘風景区と呼ばれるレッドビーチに向かった。
そこは何とも珍しい光景であった。遼河の河口部一面にレッドカーペットが敷かれていたのである。その正体は「マツナ」と呼ばれるサンゴ草の一種で海藻であった。アルカリ土壌で育つマツナは、夏を過ぎると真紅に染まるという。海と川との境目の汽水域だからこそ育つのだろう。マツナの周囲に無数の穴が開いていて、小さなカニが頻繁に出入りしていた。また、数えきれないほどのトンボが舞っていた。中国の自然のスケールの大きさには驚くばかりであった。
ここで盤錦のみなさんに別れを告げて錦州に向かった。錦州まではバスに乗り、また三時間ほどかかった。そして昨年と同じ筆架山荘に着いた。
王明玉書記は不在であったが、なじみのみなさんの顔を拝見し、懐かしく懇親を深めることができた。「約束通り、女房を連れてきたよ」と申したら、王明玉書記から「どうしても錦州を離れなければならない用事があり、誠に申し訳ない」との伝言を、伝えていただいた。止むを得ない事情があることは経験上良く分かっているが、お会いできなかったことは残念であった。

昨年の苗も成長!

三日目の朝、昨年植林した事業地を訪れた。ボランティアのみなさんが五月に植えたばかりのポプラの苗がしっかりと育っていた。そこで、形ばかりの保育作業として一メートルほどに育っていたポプラに水やりを行った。最近は暫く雨が降っていないらしく、ポプラは水を欲しがっていた。ポンプ車からバケツで水を汲んで、一面に広がるポプラの幹に人力で水を与える作業は大変な労力である。私どもは早々に引き上げてしまったが、果たして育つのだろうかとやや不安になった。適度な降雨があれば良いのだがと、神に祈る気持ちになった。人為的な地球温暖化の被害者は自然の生き物たちである。

モーゼの如く海を渡る

最後に何と言っても筆架山島のことに触れないわけにはいかない。 筆架山荘から歩いても二分くらいのところから、三キロ先にある筆架山島まで、通常は海の中なのだが、引き潮のときだけ「天橋」と呼ばれる道ができるのである。まるで旧約聖書の「出エジプト記」で、モーゼが杖を振り上げると海が割れたように、筆架山島まで海が割れて道ができ、歩いて渡れるのである。ちょうど昼食後の時間に引き潮になるというので、昼食をそそくさと済まして「天橋」を皆で渡った。途中一か所だけ海水に浸るところがあったが、洪桂梅副主任が、「ドラえもん」さながらに、たちどころに調達してくださったビーチサンダルに履き替えて、老若男女みな無事渡り終えることができた。今回の旅程の中で、不謹慎かもしれないが、最も充実した瞬間のように思えた。
その後、再び瀋陽の友誼賓館に三時間かけて戻り、遼寧省政府主催の晩餐会に出席した。
翌朝、ホテルの広い庭園に咲く美しい蓮の花を愛で、臨汾の記念植樹を川手団長にお任せし、帰路に着いた。
全ての日程を孫俊波主任がお付き合いしてくださったことなど、並々ならぬ全青連・中国青年国際交流中心のみなさんの献身的な働きぶりに、心から感謝を申し上げる次第である。

友愛植林訪中第二十六次訪中団に参加して
  —— 東北大学経済学部四年 秋山俊樹

互いの顔が見える円卓

今回の訪問で印象に残っているのは、円卓を取り囲んでの食事の風景である。
中国の食事の席では、円いテーブルを取り囲み食事をする。訪問中は、中国のスケールの大きさを感じさせるような特大の円卓で食事をした。最初に見たときにはその迫力と豪華絢爛の様に息をのんだ。と同時に、丸いテーブルを皆が囲むため一人一人の顔がよく見えることに気づいた。食事中は皆が席を回り一人一人と言葉を交わし乾杯をする。
杯をかわすともう気持ちが通じた気分になる。全員が顔と顔をつき合わせる中国式の食事の風習は人々の距離を埋めることを助ける。最初は緊張して落ち着かない私だったが、同席者の方々と話をしていく中で気も落ち着き、食事を終える頃には皆の顔と名前を覚えていた。

未来を見据えて

顔を向かい合わせるのが食事ならば、植林は、緑豊かな未来、という方向に向かって皆が目線を揃えておこなうものだった。
中国人のボランティアの青年たちと一緒にシャベルで苗木に土を被せていたときおそらく私と彼の頭の中では、10年後のこの土地に大きく育った木々の緑が萌える光景を描き、気持ちが一つになっていたのではないだろうか。
同じビジョンを持つ者同士、お互いを尊重し、力を合わせて活動している感じがした。
現在、両国の間には様々な政治的不安が横たわっている。こうした状況だからこそ、本当に欲しい未来について顔を付き合わせて議論し共通するビジョンを見つけて、その方向へ向かって手をとり協力することができれば良いなと思う。

日本友愛協会の取り組み

政治の場だけでなく民間においてもこの姿勢が求められる。このことを体現している日本友愛協会の日中緑化交流基金による植林事業は、これまでに驚くことに十五年間(二十六回の訪中)も続けられている。
結果として日中緑化交流基金の助成で行われた植林面積は東京二十三区を上回ると聞く。長い間継続され幹の太くなった交流に関わることができて私は非常に幸運だった。
鳩山由紀夫理事長の真摯な言葉による挨拶、心のこもった力強い川手会長の言葉からも、日本友愛協会が植林事業に向き合う様子が伺えた。

日中友好の樹を育てる

参加することができた者の務めとして、こうした素晴らしい活動の存在を皆に知らせると共に、自分たちができることを仲間たちと考え、新たな日中友好の樹を育てていきたい。
地理においても歴史的つながりにおいてもとても距離が近い日本と中国だからこそ、良きパートナーとして今後共に未来を創っていけたら良い。それを担う当事者として自分の出来る努力を積み重ねて行きたい。

日本友愛協会 活動詳細
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