Activity2016年度の活動内容

第27次友愛植林訪中団派遣

西の陜西省から北の遼寧省まで中国を1500キロ走
荒涼とした赤土の山に、成長を祈って苗を植える

4月9日から14日の日程で、第27次友愛植林訪中団が派遣された。陜西省宝鶏市麟游県第一期事業・遼寧省錦州市義県第一期事業の二カ所での植林活動を終え、「友愛講演会」の感想文に対する奨学金授与式を行うべく北京に移動。北京理工大学で受賞者6名との再会を楽しんだ。鳩山由紀夫理事長は、西安交通大学での講演のため一足先に出発。今回の訪中の全てを「中国縦走記」と題して寄せてくださったので写真と共に掲載致します。

日中友好の苗を植える
  —— 理事長 鳩山由紀夫

植林事業に出発

恒例の日本友愛協会の中国植林事業に今年も参加しました。
今年は実施時期の関係もあって、青年たちは誰ひとり参加しませんでしたので、初回から連続して参加しています川手常務理事と羽中田事務局長、そして私ども夫婦の4名のみの訪中団で、平均年齢はゆうに70歳を超えていましたが、最高齢の川手理事の健脚にひたすら感心しながら、充実した日程を順調にこなすことができました。
毎年、前年度の植林事業を植林に適した時期を選ぶ関係で、新年度に入って行うことになっており、今回は平成27年度の事業として、宝鶏市の麟游県と錦州市の義県の2か所で植林をスタートさせてきました。

西安交通大学名誉教授に

私ども夫婦は植林事業に加わる3日前から西安に来ていました。今年120周年を迎える、中国で2番目に古い大学である西安交通大学から名誉教授のオファーがありましたので、ありがたくお受けして、学生たちに講演を行い、西安は初めてでもありましたので、兵馬俑などの見学をしてまいりました。
交通大学と聞くと、交通工学を教える大学と勘違いしてしまいますが、易経の「天地が交わって、而して万物通じるなり」に由来しているそうで、総合大学です。

熱心な学生の姿勢

講演は400名位収容できる教室で行いましたが、600名ほど学生が集まり、中に入れないで溢れている学生たちが沢山いて、中には泣いている子もいたそうです。そこで、講演の冒頭で、「私の横の壇上が空いているので、みんな入っていらっしゃい」と手招きしましたら、どっと教室の壇上に集まって座ってくれました。私の講演は通訳を入れて1時間余りでしたが、学生たちはとても熱心に聞いてくれました。なんでこんなに熱心に聞いてくれるのだろうか。このエネルギーは中国の今後の発展の原動力になるに違いないと感じた次第です。日本の学生にもこのエネルギーが欲しいと痛感しました。

歴史のスケールに驚嘆

その夜、唐の時代を模した装束で、お城の入場式を披露してくれました。私ども夫婦が西安市長と一緒に先頭になって行進する儀式で、幸にはお城に入場する鍵を渡されました。お城への入場後、舞踊団の踊りを満喫しました。
翌日は運動場に2万人を超える大学の関係者が集まって120周年の慶祝記念式典が行われました。何事もスケールが違うと感じながら、午後に兵馬俑を見学し、その思いを更に強めた次第です。
始皇帝の陵墓を守る副葬品として埋葬された8000体ともいわれる素焼きの兵士像は今でも発掘途上のようでしたが、復元の技術の素晴らしさは驚嘆に値するものでした。

宝鶏市の歴史にふれる

最初の植林地である宝鶏市は西安から、中国の尺度ではさほど遠くないとのことで、翌4月9日の夕刻に西安市のホテルで川手団長と合流いたしました。その夜は、今年も最初から最終まで行動を共にして下さる、洪桂梅全青連中国国際青年交流センター副主任方と再会を喜び合いながら、明日からの植林のことなどを肴に夕食を楽しみました。
10日は朝食を早々に済ませてから、全員が1台のバスに乗り、陝西省宝鶏市麟游県に向かいました。3時間余りで慈善寺に到着し、隋唐時代に作られた石窟の仏像を拝見しました。石窟を削って作られた3体の、過去、現在、未来を象徴する仏像がそれぞれ厳しい、静かな、柔和なお顔をしており、さほど広くない洞窟の空間に良く3.5メートルの立派な石像が3体も作られたものだと感心しました。続いて九成宮遺址を視察しました。ここは隋唐時代に皇帝の避暑地だったところで、当時は馬や輿に乗って1カ月かけて西安から来たそうです。太宗が建てた楷書の代表と言われる国宝の「九成宮醴泉銘」の説明を受けましたが、猫に小判状態でありました。

いよいよ植林現場へ

昼食後に植林活動を行う現地に赴きました。道すがら麟游県は植林に力を入れているなと感じていました。したがって植林地はかなりの奥地になり、途中から舗装されない道路を走ることになりました。実際、帰りには、来る途中にはなかった砂利の山が道路のど真ん中に積まれており、暫くの間道路が封鎖されて待たされる結果となりました。本来道路工事中で通れない道を、特別に通していただいたのだと、後で伺いました。
植林の現場は小高い山の斜面でした。そこには既にボランティアの子どもたちが整列して待っていてくれました。子どもたちには誰が来るかを事前に説明していなかったとのことで、我々の到着を驚いた様子で喜んでくれました。
植林事業の起工式の私の挨拶の途中で、1人の女の子がそれまでのセレモニーが長過ぎたのでしょうか、緊張のあまり貧血になってしまったようで、申し訳ない思いをいたしました。子どもが多い集まりのときには、セレモニーは出来る限り短い方が良いと思うのですが、日中の組織の代表だけでなく、地域の代表方もお話しをしますので、なかなか短くならないものです。一考の余地がありそうです。
セレモニーの後、山の斜面を登って植林を行いました。私は20本は植えると宣言していたのですが、6〜7本のところで、もういいではないかとタオルが投げられ、目的を果たすことはできませんでした。
ただ、子どもたちが一所懸命に植林作業をしてくれている姿は気持ち良いものです。自然を大事にする環境に優しい人間に成長してくれるのではないかと期待しながら、彼らと短い時間でありましたが一緒に汗を流しました。

西安を離れ遼寧省へ

翌日は移動日で午後に西安から国内便で瀋陽に飛んでから、バスで遼寧省錦州市の筆架山ホテルに移動しました。このホテルは3年連続で伺っているので、我が家に着いたみたいな安心感があります。実は瀋陽の空港の待合室で、暫く待たされたのですが、その間に遼寧省青年連合会の趙紅巍主席から八段錦という太極拳のような健康法の体操を教わり、我が家では今でも毎日その体操を実践しています。待たされるのも悪いものではありません。

雨、室内での式典

翌12日は朝8時にホテルを出て、錦州市義県の植林現場に向かいました。ところが途中で雨が降り始め、起工式のセレモニーは急きょ室内に切り替えられました。
大変なご迷惑をかけてしまったことを、誠に申し訳ない思いで講堂に辿り着いたのですが、不思議なことに大変に喜んでいただいたのでした。
この地域は9年間のうち7年干ばつに悩まされており、最近も3年間(と聞いたのですが、まさかそんなに長いことはないと思います)全く雨が降っていなかったのだとのこと。私どもが雨をもたらしてくれたと喜んでくれたのです。そうは言っても、折角義県や青年連合会のみなさんやボランティアの方々が準備して下さった現場を見ないで帰るのもいかがかと思い、無理にお願いをして、昼食後に現場に連れて行っていただきました。一歩歩くたびに靴にへばりついた泥の重みが増して、歩行も困難な状態でしたが、現場には記念碑が用意されており、伺って良かったと思いました。
植林現場は高い木はまるで見当たらない一面の禿山で、植林が成功すれば環境が一変することは間違いありませんでしたが、私どもが植えた苗が順調に育つためには、水やりなど大変な手入れが必要だなと感じました。

日本と中国の接点の1つ

錦州市は洪桂梅さんの故郷で、彼女の情熱がなければ、日本友愛協会と全青連とのコラボの植林事業は成り立たなかったと思われます。彼女は懇親会の席上、植林事業や写真コンクールの他に、日中友好のために映画を創りたいと熱意を語ってくれました。錦州市の隣には葫芦(ころ)島市があります。戦後、中国、満州から引き揚げる日本人が100万人も、葫芦島から無事に日本に戻ったのだそうです。洪副主任はこの事実を映画化して、日本人にも中国人にも、引き上げの際に起こったさまざまな美しい出来事を伝えたいと言うことでした。
それは政治的に冷えてしまっている日中の雪解けのために、すばらしいことではないかと思います。
13日は早朝、冷たい霧がかかる悪天候の中、舟で筆架山に渡り、仏教、儒教、道教の混在した三清閣などを見学しましたが、とにかく川手常務理事の日頃鍛えた健脚ばかりが印象に残る観光となりました。

北京理工大学での表彰式

午後には新幹線で北京まで行き、今回の旅程で最後の仕事として、北京理工大学のイベントホールでの、友愛奨学金授賞式を執り行いました。
昨年9月に北京理工大学で日本語を学んでいる学生たちに、川手理事の講演を聞いた後に「私にとって友愛とは」とのテーマで作文を書いてもらい、優秀な学生6名に奨学金を授与することを決めたのです。
結果は全て女性が占めることになりました。いずこも女性上位の時代になったようです。1位になった完璧すぎるくらい完璧な徐嘉熠さん、2位になった愛嬌のある毛嘉怡さんなど、それぞれ個性がありますが、みなさん素晴らしい日本語を話していました。彼女たちは必ず、日中友好の架け橋として大きな活躍をしてくれるのではないかと大いに期待しています。
9日間に亘る訪中の旅でしたが、一つ一つの出来事、見聞きした事柄に感銘を受けました。そして次代を担う若人との交流に、改めて来て良かったと思った次第です。全ての事業は、日中友好の未来につながると確信できました。

日本友愛協会 活動詳細
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